空のこぼれた先に
「……え」
名前を呼ばれたことに気が付いたのは、女が声を発してから数秒の間を置いた後だ。
だって、どうしてこんな場面で出くわした見ず知らずの女に名前を呼ばれるなんて想定できる?
完全に意表をつかれた俺の口からこぼれたのは、間の抜けた声だった。
一体何を言えばいいのかわからないまま女を見ることしかできなくて、そして女の方も呆然と俺を見たまま、何も言わない。
しばしの間流れた沈黙。
それを破ったのは、女と俺の間に立っていた彼女だった。
「……知り合い、なの?」
かぶったままのフードの奥から聞こえた、戸惑いの色が浮かんだ控えめな声。
「っ!?」
ずっと言葉を発することがなかった彼女の声に驚いて、反射的に彼女を見た。
だけど、フードの下の彼女の視線は女に向いているようで、視線が合うことはない。
初めて聞いた彼女の声は、まるで鈴の音のように透き通っていた。
遠慮がちなのに、とてもまっすぐに響く。
初めて聞いたはずなのに、どこか懐かしく感じるのは、どうしてだろうか。
「ねぇ。ふたりは知り合いなの?」
未だ呆然と俺を見ていた女は、繰り返された彼女の問いに、はっと我に返ったようだった。
そして、しばし考える様な表情をみせたあと、「いいえ」と首を振る。