空のこぼれた先に

「いいえ、申し訳ありません、何でもありません。それより姫様、ここは危険です。早くこの街を出て……」


重ねて否定の言葉を口にした彼女には、もう先程までの呆然とした様子は全く感じられない。

空気が張り詰めたものに切り替わったのを感じ、ようやく頭のなかの混乱がほどけてきた俺は、今更ながらにどうして俺の名前を知っているのかを訊ねようとしたけれど、俺に口を挟む隙を与えずに、女は早口に告げた。


────そんな女の言葉を遮ったのは、女の背後から聞こえた、ザッ、という地面を蹴る音。


音がした方に視線を向けると、ひとりの男が少し離れたところから俺たちを見ていた。


「っ、走りますよ!」

男がこちらに向かって弓を構えたのと、女がそう叫んだのはほとんど同時。

俺たちは再び、入り組んだ路地を駆けだした。

背後からシュッ、という音と共に男が射た矢が横切っていき、背中を嫌な汗が伝う。

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