空のこぼれた先に
「……ッ、姫様、先に行ってください。決して振り返らないで。できるだけ遠くに逃げてください」
ふいに、一番後ろを走っていた女が立ち止まり、そう告げた。
きっと、俺と同じことを考えたのだろう。
このままでは、逃げ切れない、と。
おそらく、自分がおとりになるつもりなのだ。
「っ!?」
いきなり別行動を宣言した女に、フードをかぶったままの彼女は驚いたように立ちどまる。
そして女の言葉の意味を理解したのだろう、途端に怒ったように声を上げた。
「何を言っているの!?そんなこと絶対にダメ。もしつかまったら」
「姫様」
しかし彼女の言葉を強い口調で遮って、女はニコリと微笑んだ。
……この場面には到底似つかわしくない、少しの歪みもない綺麗な笑みだった。
「私は大丈夫です。絶対にあなたのもとに帰りますから」
そう言って、安心させるように深められた笑み。
決意と覚悟が伝わってくる。
不安や迷いなど、微塵も感じさせない。