空のこぼれた先に


「……ッ、姫様、先に行ってください。決して振り返らないで。できるだけ遠くに逃げてください」

ふいに、一番後ろを走っていた女が立ち止まり、そう告げた。


きっと、俺と同じことを考えたのだろう。

このままでは、逃げ切れない、と。

おそらく、自分がおとりになるつもりなのだ。


「っ!?」

いきなり別行動を宣言した女に、フードをかぶったままの彼女は驚いたように立ちどまる。

そして女の言葉の意味を理解したのだろう、途端に怒ったように声を上げた。


「何を言っているの!?そんなこと絶対にダメ。もしつかまったら」

「姫様」

しかし彼女の言葉を強い口調で遮って、女はニコリと微笑んだ。


……この場面には到底似つかわしくない、少しの歪みもない綺麗な笑みだった。


「私は大丈夫です。絶対にあなたのもとに帰りますから」


そう言って、安心させるように深められた笑み。

決意と覚悟が伝わってくる。

不安や迷いなど、微塵も感じさせない。

< 41 / 79 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop