空のこぼれた先に
おそらく女にとっての主人──フードをかぶった彼女に向けていた視線を、女はふいに俺にむけた。
「この人を連れて出来るだけ遠くまで逃げて。……お願い。カノン」
「え……」
躊躇いもなく俺の名前を呼び、まっすぐな瞳を向けてくる女に、驚くしかない。
「どうして、俺の名前……」
やっと言葉にできた問い。
だけど、それに女が答えることはなかった。
「悪いけど今は説明している時間がないの。とにかく逃げて。この人を、絶対に守り通して!!
……姫様、必ずまた逢いましょう。今はこの者についていってください。
大丈夫、ちゃんと守ってくれます。そのへんの兵士よりずっと強いですから」
俺にはどうやら拒否権はないようで、女は早口で言うと、俺と彼女の背中を押した。
「早く行ってください!!」
タン、と押されるままに一歩前に出た体。
思わず振り返って見ると、女はもうこちらを見てはいなかった。
どこかから、足音が聞こえる。
きっともう、追手はすぐそばまで来ているだろう。
「……フレイ、必ずよ。必ず、私のところに戻ってきて。約束を破ったら、承知しないから」
「もったいないお言葉。恐縮です」
ふふ、と笑った女。
それを見届けて、彼女は「行きましょう」と俺に告げた。
……フレイ。
彼女が呼んだ女の名前に心のどこかで引っかかりを感じながらも、俺は頷き、彼女の手を引いて駆けだした。