イジワルな彼の甘い罠
「お疲れ様でした、お先に失礼します」
「お疲れ様ー」
冬の寒さにぶる、と身を震わせる2月の頭。
今日も1日仕事を終え会社のあるビルを後にすれば、夜の新宿のオフィス街には明かりが広がっている。
……今日も、寒い。
頬を痛いほどに冷やす夜風が、肩ほどまでの長さの毛先をふわりと揺らした。
茶色いコートの下に着た白いシャツと質素な黒のスーツに合わせた足元の黒いパンプスは、トレンドやオシャレよりも歩きやすさを重視した低めのヒール。
それをコツコツと鳴らしながらショルダーバッグから取り出した、白いスマートフォンを見れば、そこには『受信メール1件』の文字。
すぐに想像できる、メールの送り主の顔を思い浮かべながら開くと、表示されたのはたったひと言の簡潔な文。
『20時に家』
絵文字も飾る言葉もない。ただ、それだけ。
20時……は少し過ぎるな。
19時半を示す腕時計を見て、ざっくりと予測出来る到着時間。
その時間に『遅れる』と詫びるメールを送ることもなく、特に急ぐこともなく、そのメールの送り主の元へ向かい歩き出した。