赤ずきんは狼と恋に落ちる
ついさっきまであんなに横顔を見つめていたのに、本人の前になると、目を逸らしてしまう。
カチッと火を止める音が聴こえたのと同時に、身体を引っ張られて、ぎゅっと包み込まれる。
背中に回された腕の力を少しだけ緩めると、左肩に顔を埋めてきた。
「今更何恥ずかしがっとるん?……俺、りこのそういうとこ好き」
そう言って、耳に口付けを一つ落とされる。
なかなかそこから離れない千景さんの唇に、昨日と同じく、何かを溶かすような熱を感じる。
今から仕事に行くのに、出勤前にこんなことをされてしまっては……私が良くない。
「あのっ、千景さん、そろそろ離してもらっても……っ!」
丁寧に抗議をしてみたが、髪をそっとかき上げられ、歯を立てられてしまった。
痛みは全く感じないものの、朝からこんなことをしているという羞恥やら艶っぽい背徳感を感じてしまう自分に、呆れる。
身体を一層強張らせると、パッと離れ、申し訳なさそうな表情の千景さんが目の前に居た。
「ごめんな。がっつきすぎやな、俺。痛くなかった?」
歯を立てていた部分を指でそろりと撫で、「あー……」と声を漏らしている。
「今日は髪結わんどき。見えるから」
それだけ言ってしまうと、千景さんはテキパキと皿に盛り付けを始めた。
左耳だけが、やけに熱っぽい。
仕事に集中するのは無理そうだと思いながら、黙って私もお湯を沸かし始めた。