赤ずきんは狼と恋に落ちる
いつもより早めの出勤。
月曜日の朝早くにデスクに居る私を見て、後輩の子たちがチラッとこちらを一瞥して遠ざかっていった。
普段この時間帯には居ないはずの私が居るからなのか、それとも、別の理由からか。
何となく後者の方だと察し、バッグからスケジュール帳を取り出すと、後ろから甲高い声が聴こえてくる。
「本当に見たんだってー!佐々木先輩がイケメンとキスしてるとこ!!」
「……っ!」
びくりと肩を震わせるも、怖くて後ろを向けない。
直後に響いてくる、彼女に「シーッ!」と囁く声と、含み笑い。
そういえば、別れた後もこうだったなあ……。
誰かがいち早く知って、丁寧な事に尾ひれまで付けて言いふらし。
それをまた誰かが長い長い尾ひれを付けて、笑い話にする。
やだな……。
何とか気持ちを落ち着かせようと、緑茶でも飲みたいところ。
だけど、今給湯室に行ったら良くないような気しかしない。
黙って座り直すと、肩をポンと叩かれた。
「渡部さん……。おはよ」
「おはよー佐々木ぃ。……何かあったみたいだね」
同期の彼女の察しの良さに驚くも、言い当てられて何とも言えない気持ちになる。
「ちょっと、ね……。多分大丈夫だと思うけど」
曖昧な返事と作り笑いを浮かべると、渡部さんも「何か……お疲れ」と笑ってデスクに着いた。
何も訊かない彼女の有難さを感じ、ノートパソコンの電源を点けた。