赤ずきんは狼と恋に落ちる
さっき千景さんの声が聴こえたから。
壁越しでも、話せるんじゃないかって思ったから。
「エトランゼがここだなんて、思っていなくて……。
私、今更千景さんにお店の名前訊くの、出来なかったんです」
千景さんの顔を見て言えないからと、壁越しで話す私は卑怯だ。
だからと言って、千景さんに隠し通すのも嫌。
「そんなこと?看板出してなかったからやろうなー。
つい3日前に修理したのを出したんよ」
「え、そうなんですか?」
「そうそう。結構前から壊れとるのに、修理後回しにしとったら遅くなってもうて」
なんだ……。
「気にせんでええよ。それに今日ちゃんと覚えたやろ?」
「はぁ……。そうですね……」
力が抜けて、腕がだらりと落ちる。
まぁ、千景さんがそう言ってくれたんだから、いいか。
どこにぶつけていいか分からない脱力感を持て余しながら、のろのろとボタンを留める。
「そんなことよりも俺が気になるのはな、」
やけに声が近くなったと思った時。
くるりと身体が回転し、真正面に千景さんが居た。
え?