赤ずきんは狼と恋に落ちる
「帰ろっか」
「はい」
抱きしめていた腕がふっと緩み、もの寂しい気持ちがチクリと刺す。
今夜は一緒に居られるんだからと、我侭な痛みを消すように、残り半分の苺ジュースを飲み干した。
「ああ、りこ」
飲み干したグラスを持ち、裏へ片付けに行く前に呼び止められる。
「何ですか?」
「さっきの約束、忘れてないやろ?」
「えっ、あ……。はいっ!」
約束を思い出したと同時に、さっきのいかがわしいことも思い出してしまう。
うっかりグラスを落として割ってしまいそうになり、グラスをぎゅっと握りしめる。
「覚えてますよ……」
つい数分前のふわふわした安心感とは打って変わった緊張感。
グラスを拭き終わり、千景さんに渡すと、意地悪い笑みを浮かべながら私を見下ろす。
「今夜は寒いからりこを温めんといけんなぁ」
さっきと同じ千景さんなのに、声色だけで別人のような気がする。
見なくても分かるくらい楽しげな千景さんを憎らしげに見る。
「……もう十分温かいです」
トーンの低さに含ませたニュアンスはスルーしたのか、クスッと笑って額にキスを一つ。
「じゃあもっと温めなあかんな……。
りこが寒くならんよう朝まで離してやらんから」
雪がふわりふわり降ってくる聖夜。
寒くても手袋を着けないのは、繋いだ手が熱すぎるから。
言い返す言葉を探しながらも、「私には勝てない」と分かっている。
千景さんの言葉だけで温かくなれる私は、お手軽だな。
呆れ半分嬉しさ半分。
繋いでいない手で頬を触りながら、雪の道を歩いていった。