赤ずきんは狼と恋に落ちる
千景さんの電話だ。
手に取る素振りも見せないから、思わず「どうぞ」と言う。
千景さんは一言「うん」とだけ呟き、ズボンのポケットから無造作に出し、画面を見つめる。
たった一瞬、目を見開く。
私が声をかける前に、「ごめん、ちょっと出るわ」と作ったような笑顔を見せてそそくさと出て行った。
電話の相手は気にならない、と言えば嘘になる。
お店のことだろうなと、呑気に構えてみせると、また雑誌に目を通し始めた。
ぼそぼそと聴こえてくる千景さんの声色は、どこか険しい。
違和感が全くないくらいの、滑らかな標準語と敬語。
聴いちゃいけないとは思いつつも、つい耳をそばだててしまう自分がいた。
「はい。連絡、ありがとうございます。ユキノさん」
その言葉を最後に、カチャリとドアが小さく開いた。
携帯電話をポケットにしまう千景さんの表情は、複雑そうだった。
「千景さん……?」
その浮かない表情から、心配になって声をかけてみる。
途端に、こちらを向いて、にこっと笑って見せてくれる千景さん。
その顔は、写真の千景さんそのもの。
これは、不自然な方……?
「ごめんな、店のことで電話があったんや。ちょっと行ってくる」
「分かりました。行ってらっしゃい」
「ん」
訊かれたくないようだ。
所謂「女の勘」とやらが、冴えてきたみたい。
お店のことじゃないよね……。
分かっていながらも言えないのは、千景さんの前ではちゃんとした「彼女」でいたいから。
つまらない見栄とは思いながらも、私も作り笑いで見送った。