赤ずきんは狼と恋に落ちる
その時を境に、頻繁に浮かない表情の千景さんが目に入った。
大体そんな顔をしている時は、片手に携帯電話を握りしめている。
私がわざとらしく不思議そうな顔をしてみせても、千景さんは「何でもないよ」と笑ってはぐらかしてばかり。
隣に居てくれるのに、いつも通り頭を撫でてくれるのに。
千景さんとの距離が、空いてしまったような気がしてならない。
踏み込んでいいラインが、くっきりと引かれたみたい。
私自身、踏み込んじゃいけない所があるのを、すっかり忘れていた。
それだけの時間、千景さんと過ごしていたのか。
まだ1年も経っていないのに。
知らない方が良いかもしれない。
そうとは分かっていても、携帯電話を悲しそうに見つめる千景さんの目が焼き付いてしまって。
詮索するのを止そうと、出来る限り明るい話題を振ってみても、貼り付いた笑顔をこちらに向けるだけ。
寂しい。
そう思うと、途端に色んなことが巡り始めた。
私、千景さんの名前と職業しか知らない。
年齢や誕生日、家族のこと、私と会う前は、何をしていたのか。
今までどこかで「訊いちゃいけない」と思って黙っていたけれど、このままじゃもやもやは消えない。
かと言って訊く勇気も勿論なく。
「私、千景さんのこと何にも知らないんだな」
恋人になったからといって、千景さんを知ったような気持ちになっていた。
でもそれはただの勘違い。
この関係は、深いけど脆くて。
いつ終わっても仕方ないと再確認させられたみたいだ。
結局、いつかは千景さんの口から聞けることを願って、隣で眠るのだった。