赤ずきんは狼と恋に落ちる



土曜日になり、また叔母さんのお見舞いへ行った。



先週よりも幾分顔色が良くなっていてほっとした。

近所のお店で買った焼き菓子を渡し、少し話した後、すぐに帰った。








その帰り道だった。



受付まで面会許可証を返そうと1階まで向かう途中、踊り場で話している声が聴こえた。



他のお見舞いの人かなと、そのまま過ぎようとした。




でも、それが出来なかった。









「今更息子のお見舞いなんて珍しいこともあるもんやなぁ」




怒気を含んだ声に、身体が硬直する。

死角になりそうなところへ上って、そっと様子を見る。







目を疑うようなものだった。



不機嫌そうに背を持たれて相手を睨みつけているのは、あの千景さん。

その相手は、先週少しだけ話した、上品なおじいさん。




この人が千景さんのお父さん――。





早く立ち去らなきゃ、と思っているのに、二人の会話が気になってしまい、その場にしゃがみ込む。



病院独特の匂いと、階段の冷たさを身体じゅうで感じながら、そっと頭をもたげた。






「これぐらいで入院するとはなぁ……。ま、ちょっときつくさせたってのはあるんや」

「大概にせぇよ」

「何言うとるん。お前が中途半端に投げ出したんやろ。そのせいで陽平にお前の分が回ってきたんや。
お前、何しとった?」




穏やかな声とは一転、重圧で押し潰されそうなくらい、低くて冷たい声だった。


反論できないのか、千景さんは押し黙ったままだった。




「父親非難するんやったら、自分の落とし前きっちりつけてもらわないとなぁ」



今度はおじいさん、千景さんのお父さんが溜め息を吐いた。





「千景」




千景さんのお父さんの口から、初めて千景さんの名前が零れた。



「今年の4月から、インド支店の展開に向けてのプロジェクトが始まる」








ざわっと、悪寒が走った。






「今あるもん全部捨てて責任取れるんやったら、連絡せぇよ」




その言葉を最後に、一つ声が消え、足音が遠ざかっていった。


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