赤ずきんは狼と恋に落ちる
時薬
――千景さんがいなくなって、1カ月が過ぎた。
「別れた」とは言えるような、言えないような、そんな曖昧な終わりに、私はどこかでほっとしていた。
会えるかどうかも分からないのに。
千景さんが使っていた部屋は、がらんとしていて、小さなテーブルの上には、もっと小さな合い鍵がポツンとあった。
やっと片付ける気持ちになったのは、昨日のことだった。
千景さんがいなくなってから、抜け殻のようになった私がすぐにしたのは、髪を切ることだった。
胸を隠すほどあった髪を、鎖骨に届くくらいに切ってもらった。
失恋したから髪を切るのは、ちょっと古いと思ったけれど、そうせずにはいられなかった。
千景さんの指先で弄ばれていた毛先をばっさり切り落としてしまいたかった。
あのままだと、私がずっと意味もなく弄んでしまいそうだったから。
髪を軽くすると、心まで軽くなった気がした。
一瞬だけ。
一人でいると、千景さんのことばかり考えてしまう。
だから、仕事で紛らわせるしかなかった。
定時を過ぎてもデスクに残り、目ぼしい記事を延々と見て、自分の言葉で書き直す。
仕事をこなすのが遅かったはずなのに、やたら早くなってしまった。
自分でも、苦笑してしまう。