赤ずきんは狼と恋に落ちる
パタンと絵本を閉じると、芳垣さんは窺うようにじっと見てきた。
「……どう?」
「何だか……、素敵なお話でした。最後に余韻があって、切ないような、ほっとするような」
「ふぅん」
内容は勿論、挿絵も素敵だった。
色彩豊かだけど、淡くて儚げ。
でもそれが、より一層この「赤ずきん」のお話を引き立てているようだった。
「挿絵、綺麗ですよね。私、この絵好きです」
「ほんと?それ俺が描いた」
………。
「えっ?」
聴き逃してしまいそうな答えに、頭が追いつかなかった。
「え……?あの、この絵を、……芳垣さんが?」
「まぁね。ああ、このお話は姉が考えたやつだけど。俺がこんなの考える訳ないでしょ」
芳垣さんがこの絵本の挿絵を描いただなんて。
人って見かけで判断しちゃいけないなと改めて思った。
「何?そんなに意外だった?いつも以上にぼけっとしてる」
「いえ……。芳垣さんのイメージと違うなぁって」
「俺、これでも一応イラストレーターなんだよね」
初めて知った芳垣さんの職業。
先月卒業したばかりだと言った。
「姉ちゃんが売れない作家。あんまりにも不憫だったから、方向転換してみろって言ったら、俺を巻き込んでさ」
芳垣さんの話によると、大人向けの絵本を癒しグッズにして売るという。
「アンタみたいに失恋したての女性なんて、良いカモだよ。ま、失恋とか仕事でストレス溜まってる女性の心を癒す、みたいな」
「出来れば聴きたくなかったですね……」
「そうだね」
芳垣さんは、その日一番の穏やかな笑みを一瞬だけ浮かべた。
何だかんだ言って、彼は優しい人だ。
商売目的であろうが、それだけではこんな素敵な絵は描けない。
「これで一発当てて、ちょっとは稼げたらいいんだけど」
「良いと思いますよ。私だったら買います」
「アンタ買いそうだね。失恋したばっかりだし」
言葉に棘はあるものの、とても優しい目。
そうか。
これ、失恋なんだ。
まだ淡い期待を抱いていた。
でも、抱いているだけで、千景さんは帰って来るはずがない。
もう、会えない。
これって、やっぱり失恋なんだよね。