赤ずきんは狼と恋に落ちる



パタンと絵本を閉じると、芳垣さんは窺うようにじっと見てきた。




「……どう?」

「何だか……、素敵なお話でした。最後に余韻があって、切ないような、ほっとするような」

「ふぅん」




内容は勿論、挿絵も素敵だった。


色彩豊かだけど、淡くて儚げ。

でもそれが、より一層この「赤ずきん」のお話を引き立てているようだった。





「挿絵、綺麗ですよね。私、この絵好きです」

「ほんと?それ俺が描いた」





………。





「えっ?」




聴き逃してしまいそうな答えに、頭が追いつかなかった。




「え……?あの、この絵を、……芳垣さんが?」

「まぁね。ああ、このお話は姉が考えたやつだけど。俺がこんなの考える訳ないでしょ」





芳垣さんがこの絵本の挿絵を描いただなんて。


人って見かけで判断しちゃいけないなと改めて思った。





「何?そんなに意外だった?いつも以上にぼけっとしてる」

「いえ……。芳垣さんのイメージと違うなぁって」

「俺、これでも一応イラストレーターなんだよね」





初めて知った芳垣さんの職業。

先月卒業したばかりだと言った。




「姉ちゃんが売れない作家。あんまりにも不憫だったから、方向転換してみろって言ったら、俺を巻き込んでさ」




芳垣さんの話によると、大人向けの絵本を癒しグッズにして売るという。




「アンタみたいに失恋したての女性なんて、良いカモだよ。ま、失恋とか仕事でストレス溜まってる女性の心を癒す、みたいな」

「出来れば聴きたくなかったですね……」

「そうだね」




芳垣さんは、その日一番の穏やかな笑みを一瞬だけ浮かべた。


何だかんだ言って、彼は優しい人だ。



商売目的であろうが、それだけではこんな素敵な絵は描けない。





「これで一発当てて、ちょっとは稼げたらいいんだけど」

「良いと思いますよ。私だったら買います」

「アンタ買いそうだね。失恋したばっかりだし」




言葉に棘はあるものの、とても優しい目。



そうか。




これ、失恋なんだ。





まだ淡い期待を抱いていた。



でも、抱いているだけで、千景さんは帰って来るはずがない。


もう、会えない。




これって、やっぱり失恋なんだよね。



< 198 / 219 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop