赤ずきんは狼と恋に落ちる
「お客様、もう店を閉める時間ですので……」
申し訳なさそうな声で、私を起こす。
「すみません……」と言いながら、相手の方へ目を向ける。
何処かの雑誌で見たことがあるような、顔立ちが整った人。
モデルか何かやっているのだろうか。
つい、彼の顔を見ながらじっと考える。
どこかで見たことがありそうだ。
「お客様?」
彼の低い声が耳に伝わる。
……何人の顔をじろじろと見ちゃっているんだ、私は。
「あ、すみません……。何でもないんです」
愛想ゼロの作り笑いを浮かべ、視線をカウンター席の方へ戻す。
挙動不審な私を見てもふわりと笑う彼は、店の鍵をカウンターに置いてこう言った。
「もう、こんな時間で誰も店に来ません。せっかくだから、何か飲みながら話しませんか?」
「いいん…ですか……?」
思いがけない突然のお誘い。
今までに、何度かここで飲んだことはあるけれど、まさかこんな風に誘ってくれるなんて。
これは、失恋した私に憐みを持ってくれた神様が居るとしか思えない。
「ええ。どうせ帰っても、何もしませんし。お好きなものを選んでください」
営業スマイルなのか、本当に笑ってくれたのか、分からない笑顔。
だけど、今の私にとっては、光が差したと言っても過言ではない。
彼はトンッと軽い音を立て、メニューを置き、静かに奥へと向かった。
そんな彼が、どうしようもなく気になって。
メニューを選ぶどころじゃなかった。
***
「お客様。お決まりになられましたか?」
低く温かみのある声に、またもやハッとする私。
「あ……。今すぐ決めます!ごめんなさい!」
貴方のことが気になっていた。
そんな馬鹿なことを言える訳もなく。
メニューで顔を隠しながら、チラリと横目で彼を見る。
苦笑気味だけど、優しい表情。
熱くなる顔を冷ますために、
「…じゃあ、苺ジュースで……」
妙に、子どもっぽいものを頼んでしまった。