赤ずきんは狼と恋に落ちる
午前中のお店の雰囲気は、やっぱり夜とは違っていて、特別な感じがする。
カウンター席も、今飲んでいるコーヒーも。
夜とはまた違う、穏やかな時間が過ぎていくのを感じながら、私はまた一口と、コーヒーを飲む。
コツ、とカップを置き、ほっと息を吐く。
それと同時に、奥のドアがギィと音を立てながら開いた。
「りこさん、ごめん。結構待たせてしもうた……、はっ?」
千景さんは、私を見て次に、目の前に座っている彼を見た。
「弘也、何でここにおるん」
「居ちゃダメですか?」
仏頂面で言うと、立ち上がって大きく伸びをする。
「店長。俺、今日は暇なんで、ずっとここに居ますけど。
だから早く、このりこさんって人を、どっかに連れていってあげて下さい。待たせてる間、俺の不味いコーヒー飲ませただけなんで」
早口で言ってしまうと、バッグとヘッドフォンを手に持ち、裏へと入って行った。
バタンと音がすると、店内にはまた、沈黙が生まれた。
「コーヒー、弘也が作ったん?」
「はい」
そう答えると、千景さんは、苦笑しながらカップを見る。
「コーヒーだけは自信があるって自分でも言うてるのになあ。どうしたんやろ」
彼の作ってくれたコーヒーが、あと少しだけ残っている。
作ってくれたのに、「おいしかった」も、「ありがとうございます」も言っていない。
「ごちそうさまでした」と、言っておけばよかったと、今になって思う。
カップを両手で持ち、最後まで飲み干す。
「りこさん?」
不思議そうな顔をして、こちらを見る千景さん。
「ごちそうさまでした」
今度、またここに来たときに、改めて言おう。
そう思いながら、椅子から離れ、千景さんの隣へと行った。