赤ずきんは狼と恋に落ちる
私は何か、きっかけが欲しかったんだと思う。
他のことに集中して、千景さんのことばかり考えないようにするための、きっかけが。
「それって、お互いにメリットのある話?」
怪訝そうな顔で訊いてくる芳垣さんに、大きく首を縦に振って見せた。
「この時期だからこそ意味があるんです。新しい恋に移ってちょっと疲れた人とか、まだ前の恋愛を引きずってる人とか、意外と多いんですよ」
「ああ、アンタみたいなのとかね」
……芳垣さんの言葉のナイフが鋭すぎる。
「冗談、あ、いや、当たってたね?ごめんごめん」
「い、いえ、そんな気にされる方が辛いです」
「悪かったって。で、話の続きは?」
聞く気があったんだ。
少しは乗り気になってくれたのかもしれない。
「時期も時期ですし、読者層は20代30代の女性なので、この絵本のターゲットにぴったりじゃないですか。ちょうど次の号で何が良いのか案が出なかったので、この絵本をぜひ」
「一発当てる気は?」
「あるに決まってるじゃないですか」
彼はあくまで商売目的だからと念を押すと、軽く頷いた。
「いいよ。こっちからどこかにお願いするよりも早く済むし。丁度良かった」
「ありがとうございます!」
もう一度頭を下げ、お礼を言うと、芳垣さんはにやっと笑った。
「記事、アンタが書きなよ?」
「え?あ……、また詳しいことが決まったら伝えますので。この絵本何冊かお借りしてもいいですか?」
「全部持って行っていいよ」
「わ……!ありがとうございます!」
ドサドサと両手に持たされた絵本。
芳垣さんが描いた繊細で綺麗な表紙は、やっぱりどこか儚げに見えた。
「またね」
「はい。おやすみなさい」
カランコロンとベルの音が辺りに響く。
まだ春の夜は、少しだけ肌寒い。
一度足を止めて首にストールを巻き、夜空を見上げる。
星空に散りかけの桜の花びらが浮かんでて、とても幻想的だ。
視線を下に下ろすと、さっき読んだ赤ずきんの表紙が目に入った。
これは良いきっかけ。
何となく自信が持てたような気がして、久しぶりに気分良く家に帰れた。