赤ずきんは狼と恋に落ちる
「こんばんは」
時間帯が早いせいか、まだ誰もお客さんが居なかった。
「早いね」
「今日は定時で帰れたんです」
芳垣さんは「ふうん」と興味がなさそうに言うと、テーブルに案内してくれた。
「わぁ……!これ可愛いですね!」
テーブルの中心にある、小さな人形と犬の形をしたキャンドルを指差した。
よく見ると、人形の女の子は赤いずきんを被っている。
「これ赤ずきんですか?」
「うん」
じゃあ、隣にあるのは犬じゃなくて狼だ。
うっかり「可愛い犬ですね!」なんて言わなくて良かった。
「いいから座って待ってて」
椅子まで引いてもらい、何だか少しだけ緊張した。
何か良いことでもあったのかな。
バイトさんに食前酒やら前菜やらを出してもらい、ゆっくりと食べる。
久しぶりにこんな食事をする時間ができた、とさっき感じていた緊張が少しずつ和らいできた。
次々と出てきた料理を存分に味わい、ほうっと息をついた。
仕事の時とは全く違う満足感に、どっぷりと浸る。
「やけに嬉しそうだね」
芳垣さんはいつもと同じくクールだ。
何となく温度差を感じながらも、大きく頷いた。
「久しぶりにこんなゆっくり食事できたんですよ。3ヶ月間味気ない食事ばかりだったので」
「美味しかった?」
「はい。とても美味しかったです」
「良かった」
少しだけ嬉しそうに聴こえたのは、私だけだろう。
それよりも、お礼を言わなきゃ。
「芳垣さん、」
「はい、これで最後」
遮るように出されたそれは、苺がたっぷりのタルトだった。
「え?」
もう一度それを見る。
器用にチョコレートで「HappyBirthday」と筆記体で書かれたプレートに、あっと気付いた。