Toi et Moi
「詩織さん」
桂君が来る。私は急いで涙を拭く。
「大正十三年の国文学研究論文の目録が」
ないんですけど、と言いながら近づいて、私が泣いていたのを認めると少し慌てた。
「えっと、大丈夫ですか」
私は大丈夫、と伝える。軍手をして、その古い手紙を桂君に見せた。これを読んでいたら涙が出たの。
「僕、変体仮名は苦手なんですが」
ミミズみたいな字なんて、と言いつつ、桂君は目をそれなりの速さで上下に動かす。
「そんなこと言っていたら、高校の先生はできないんじゃない」
「でも司書ですよ。国語の教科担任じゃないから」
知っているよ、そのくらい。大学での専攻は近代文学で、国語の教員免許と学校司書と普通の司書資格を持っていて。私より一つ年下で、私より頭一つ分背が高い。私の、好きな人。
そして来月、四月からここの図書館にはいない。こんなに近くにいることはできない。
「詩織さん、」
桂君は手紙から目を離して私を見た。
「こういうの好きそうですね」
そんな笑顔、見せないでくれるかなあ。狡いよ桂君、私の気持ちも知らないで。文献保護のために、ここの電灯は薄暗い。桂君の笑顔に赤くなった私の頬を、青い光りが隠している。