Toi et Moi
天文の本を閉じた影月はまた、窓の外の丸い月を見た。自転と公転という、僕たちにはどうすることもできない摂理により、地球からあの月の裏側を見ることはない。
「桂」
影月が僕を見ないで僕の名を呼ぶ。背もたれのない回転椅子に座ると、足を遊ばせながら続けた。
「桂はさ、どこの大学出たの」
何をいきなり。ああそうか、昨日の香山先生だな。
昨日の電話の後、香山先生から影月に、そんな話があったんだろう。ここの高校は進学校で、生徒たちが勉強なり部活なりに打ち込むのも、大学進学が少なからず絡んでいる。それに三年生は、もう受験校を決める時期なのだろう。少しでも参考になれば、と僕は卒業した大学の名前を口にした。
「そこを出たら司書になれるんだ」
「他の大学でもできるよ」
「俺も司書になりたい」
影月は言葉尻を濁しながらもこう言った。僕は何だか胸がどきどきしたけれど、平気な体を装って、その理由を聞く。
「だって桂は、毎日こんな狭いところに篭ってるのに全然退屈していないじゃないか。それだけ良い仕事なんだろう」
僕はちょっと言葉を探した。
「それは良くも悪くも高校の図書室の司書だからだよ。公立の図書館とか、場所が変わればまた色々と変わって来るからね。僕も来月には県立図書館に戻るし」
ばっと影月が僕の顔を見た。びっくりしたように目が真ん丸だ。
「田中先生が産休から復帰なさるんだよ」
田中先生の代理の先生は前の三月に退職されて、僕のところに話が来た。そう、僕は空きを埋める為に臨時でここにいるだけ。
「だから僕は、今月末でおしまい」
おしまい、と影月は僕の言葉を繰り返した。目だけで月を見る。