Toi et Moi
「月と話しているみたいだ」
僕は思ったことを口にした。影月は視線を元に戻し、そして呟く。
「月しかいなかったんだ」
僕は意味が汲めないことを表情で伝える。影月は、今度は体ごと月を向いた。
「じいちゃんが言ってたんだ。『この世には必ず自分と真っ直ぐ向き合う物言わぬものがある、影月、お前のそれはあの月だ、何かあったらまず月と語れ、下手に喋る人間よりも優れた答えを導いてくれる』って。小さい時からそう言われて来た。俺、つるむのが嫌いって言うかさ、必ずクラスで浮いてるんだよ。それを別に嫌とは思わないけどさ、話す相手、月しかいなかったんだ」
相槌を求めるように月を見つめる。ガラス越しの月はただ、細く棚引く雲を照らしている。
「俺、わがままって訳じゃないんだけどな」
その時、影月は僕が初めて見る笑顔を浮かべた。寂しそうに眉を下げた、自嘲のような笑み。
「桂はちゃんと聞いてくれたし、話もしてくれた」
ここで見せる顔と教室で見せる顔は違う。月の表と裏、僕に見せてくれていたのはどっちだ。
「いなくなるんだ、知らなかった」
「寂しがっているのか」
自惚れかもしれない。でも、影月の目の配り方がそう見えた。
「俺は」
影月は言い訳を探すようなそぶりをした。でもその言葉は続かなくて、また月を見上げた。円影月、その名前をそのまま当てはめたような満月は、静かに影月に語りかけていた。