Toi et Moi

 中庭のベンチに、その姿を見つけた。大人になる少し手前、すらりとした体躯に身につけた黒い学生服の友人を、月は煌々と照らしている。グラウンドの夜間照明の光は校舎に遮られ、ここまでは届かない。
 僕は荒く息をしながら影月に近づいた。
「円」
 僕は影月を呼ぶ。
「うん」
 影月は答える。
「その、さ」
 僕はたどたどしく言葉を連ねた。
「学校とか先生って、そういう存在じゃないか。どんどん過ぎていくものなんだよ。それが、僕は少し、時期がずれただけなんだ」
「だから」
 そんなことは解っている、と影月は僕の顔を見た。
「桂は特別なんだ」

 影月の最大の味方が僕に言う。影月に向き合え、と。
 僕を特別だと言った影月に、僕は何を返せば良い。僕は月を見上げる。そして空から降ってきた言葉を受け取り、視線を少し、落とす。
 ゆっくりと、舌に乗せた。
「円だって、そうだよ」
 僕は影月の顔を見る。逆光に真っ直ぐな瞳だけがらんらんと光っている。影月はすっと右手を出した。
「握手して」
 僕は言われるままに自分の右手を出して、影月の手を握った。影月がぎゅっと力を入れた。
「色々言いたいんだけどさ、桂の手が骨張っていて痛いから忘れた」
 言い訳をして、影月はこっそりと鼻を啜った。それからぱっと手を離す。離してから僅かに痛みを感じる。僕は右手の痛みを左手と分け合いながら、影月に言う。
「県立図書館って、ここから電車だと二十分ぐらいかかるかな」
 影月はまた、解っているよ、という顔をした。ちなみに俺の家から自転車で十五分、ちゃんと勉強しに行くからさ、と零した。僕たちは笑い合う。
 何だ、今よりも近いじゃないか。
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