アロマな君に恋をして
その夜、私はいてもたってもいられなくなって麦くんに電話をした。
けれど用もないのに掛けるのは初めてで、麦くんの『どうしたんですか?』という声になんて答えたらいいかわからない。
ベッドの上でクッションを抱き締め、私はただ携帯を握りしめる。
『なずなさん……?』
でも、何か話さなくちゃ……
「あのね」
『うん』
「……特に、用事はないの。でも……」
『……仕事で何かありました?』
「……ううん」
せっかく私を心配してくれてる麦くんに、何も話せないのがもどかしい。
それに、不本意だったとはいえオーナーに抱き締められてしまったことを思い出すと、ちくちく胸が痛む。
『――今からそっちに行きましょうか?』
こんな風に、麦くんが優しいから余計に。
「大丈夫……少し、落ち着いた」
『本当に?』
「うん。ただ単に、疲れてたのかも」
『無理しちゃだめですよ?今日は早く寝た方がいいです』
「ありがとう」
――その後も結局、なんの解決にもつながらない会話をしただけ。
それでも、麦くんの声には私を安心させてくれる魔力があった。
オーナーの誘いは、断り続ければいい。そうすればきっとそのうち諦めてくれる。
私はそう結論付け、かすかな不安は胸の奥に押し込めて眠りについたのだった。