アロマな君に恋をして
そのワインバーは細い路地の奥にひっそりお店を構えていた。
一人だったら絶対に入らない、営業してるのかしてないのかわからないようなさびれた雰囲気。
けれど重そうな扉をオーナーが押すと、正面のカウンターでグラスを拭く初老の男性がにこりと笑い、いらっしゃい、と私たちに声を掛けた。
「何にする?」
「あの、私お酒は……」
「……そうだよな。きみは酔いに来たわけじゃないし。マスター、彼女にジンジャーエール。僕はいつもの」
慣れた動作でカウンター席に腰を下ろしたオーナー。私はひとつ間を開けて、隣に座る。
「ボルシチはどうする?」
「頂くよ。ええと……」
いつものオーナーなら勝手に私の分まで頼みそうなのに、今の彼は私の意思を確認するべくこちらに視線を向けている。
……なんだか、調子狂う。そして不本意ながら、少し空腹だ。
「……では、せっかくなので」
「じゃ、二つ」
マスターはドリンクを私たちの目の前に置くと、ボルシチを作りに店の奥へ消えて行った。
店内をキョロキョロ見回すと、私たちの他にお客さんは見当たらない。
マスターが去ってオーナーと二人きりになってしまったこの状況はかなり居心地が悪い。
とりあえず小さな泡が無数に貼りついたジンジャーエールのグラスに口をつけて気まずさをどうにかしようとしたら、緊張のせいか上手く飲めなくてむせてしまった。