空々蝉
「……ねえ。これ、書き終わったらさ、」
「うん?」
「また一番に読ませて。絶対」
言いつつ、原稿用紙を持った右手を彼に差し出す。
読みたい。
あなたのこの薄い手書きの文字のままで。余計な編集の手が入る前に。
美しい文章で飾られた、醜く滑稽で、汚い恋を。
まだ純粋で、綺麗なうちに。
見て、聴いて、触れて、わたしのものにしたいの。
全部吸収して、わたしの身体の一部にしてしまいたい。
そうしてわたしの中から少しずつ『わたし』を追い出して、『あなた』でいっぱいにして、
あの一節みたいに、
からっぽに、なる。
「毒されてるね、きみも」
呆れたように小さく笑って、彼はわたしの右腕を引いた。