何度でも、伝える愛の言葉。
その翌日、俺たちは初めて澪のピアノを聴くことになる。
前日の別れ際、明日はキーボードを持って来るようにと伝えた通り、澪は背中に重そうなキーボードを背負って来た。
スタジオにひとつ増えた楽器が、澪がメンバーになったことを実感させる。
『なんでもいーよ。好きなやつで。』
鍵盤に手を乗せて戸惑っている澪に樹季が声をかける。
一応俺たちの曲の譜面は渡しているけれど、さすがに初見で弾くのは難しいだろう。
「澪、ちゃん?」
その状態からしばらく動かない澪に、たまらず話しかける。
昨日、苗字ではなく名前で呼ぶことを決めたけれど、まだ少し照れるな…などと呑気なことを考えながら。
『ごめんなさい…。』
でもそんな思考は、澪の声であっけなく遮断された。
「どうかした?」
『もう、ずっと弾いてなくて…。』
なんだ、そんなことか。
少しのブランクなんて、弾けばすぐに埋まるはずだ。
『間違えないで弾こうとかそんなこと思わなくて良いから。気楽にさ。』
恐らくメンバー全員が思ってるであろうことを、悟が言った。
それでも、澪の指は動かない。
そのとき、ふと思い出した。
“ピアノを弾く資格がない”。
初めて会ったときに聞いた、澪の言葉を。
指先を見つめたまま動かない視線。
その瞳から、今にも涙が零れ落ちそうだった。
♪〜。
俺がそんな横顔に釘付けになっていると、高い音がひとつ鳴った。
驚いたように樹季を見たのは、澪とほぼ同時だったと思う。