何度でも、伝える愛の言葉。
澪の隣に立ち、樹季がまたポンポンと鍵盤を叩く。
『あ、俺さ唯一エリーゼのために最初だけ弾けるんだよな。』
不意にそんなことを言って、樹季はかなりのスローペースで“エリーゼのために”を弾き始めた。
ギターなら弾いてるところを見たことがあるけれど、樹季がピアノとか…
『似合わねーーー!!!』
…と、思っていたのは俺だけではなかったらしい。
『しかも、下手っ!』
『お前、ピアノなんて弾けたのかよ。』
誠太のツッコミに悟と俺も乗っかる。
素直に驚きと面白さを感じる一方で、澪の緊張を解したいと、きっと全員が思っていたんだと思う。
『あーここまでが限界。』
樹季はキーボードから手を離すと、澪の顔を真っ直ぐに見て言った。
『見本見せて?』
「えっ?」
『ほら。』
樹季は何の躊躇いもなく澪の腕を掴み、鍵盤の上に置いた。
澪は驚きながらも両手を鍵盤に乗せ、ひとつ息をついてから指を動かした。
エリーゼのために。
大抵の人が1度は冒頭部分を弾いたことがあるであろう、良く耳にする曲。
その曲が、全く違って聴こえた。
切なくしなやかに、だけどハッキリと強弱をつけ、曲にしっかりと感情と表情を持たせている。
きっとこれが、澪のピアノ…。
澪が弾けば、曲が映える。
俺が作った曲も、俺たちが奏でる曲も。
澪の音が加われば、きっと新たな色を持つ。
俺が作った曲を澪に弾いてほしい…素直にそう思った。
ピアノを弾く資格がないなんて、そんな曖昧な理由でピアノを辞めてほしくない。
このバンドに、そして俺たちに、澪は必要だ。