何度でも、伝える愛の言葉。

『私はまだバンドに入ったばかりで知らないことだらけだけど、デビューするのってこんなに大変なんだなって思って。』

「うん。」

『大変なんだなって思って…。』


そこまで言うと澪はふつっと黙ってしまった。

俺も、何も言えなかった。


大変なんだと思って。

その言葉の裏で思い出しているのはきっと、いや絶対に良基さんだ。


前に良基さんから聞いた話では、バンドでデビューが決まっていたけれどメンバーに裏切られてひとり脱退する形になってしまったということだった。


努力して努力して、ようやく掴んだデビューという夢が散ってしまったとき。

そのとき心に宿るのは、どれだけ大きな喪失感と虚無感だろう。


自分たちがデビューの難しさに直面したことで澪はそのことに気付いた。

そして良基さんを思い出した。


だからまたあの目をしていたんだ。


そんな澪の気持ちが、手に取るように分かる。

手に取るように。


解かれたままの手を再びギュッと繋ぎ、その手にありったけの心を込める。

ここにいるよ、と。




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