何度でも、伝える愛の言葉。
『一応、練習はしてますけど…。』
「けど?」
澪が少し俯いて首を傾げる。
…困ったときの癖か?
「今弾かされると思った?」
『えっ…あ…はい。』
「今弾けとは言わないよ。単なる質問。」
そう言うと、澪は解りやすくホッとした。
本当は今聴きたかった。
他に誰もいない中で、俺だけが。
『あの、樹季くんは何しに来たんですか?』
「あぁ、発声練習?」
疑問形になったのは、とくに用もなく来たからだ。
でも、せっかく澪も居たし発声練習するのも悪くないか。
マイクをセットして適当に声を出す。
「ねぇ、ちょっとド弾いて。」
『あっ、はい。』
それからそれぞれ音を出してもらい声を重ねる。
「あーなんかガッツリ歌いたくなってきたわ。」
『あの…、』
独り言のような呟きに澪が反応する。
『弾きましょうか…?』
「え?いいの?」
『まだ完璧じゃないけど…。』
それでも澪が自分から弾こうとしてくれた。
適当にイスを取ってきてキーボードの近くに座る。
「いいな、ピアノだけってのも。」
澪が少し恥ずかしそうに笑って、キーボードに向き直る。
素直に楽しそうな笑顔だった。
スルーしようと思えばできたけど、俺はマイクの電源をオフにした。
「澪、ひとつ聴いていいか?」
『はい…?』
「ピアノ、辞めようと思ってたって…なんで?」
澪の表情が固まる。
弾く前にあんなに素直に笑えるのなら、どうして辞めようと思うのか。
あのとき、結局最後まで聞けなかった。
ピアノを弾く資格がない、その言葉の意味についても。
澪の目が、その全てを拒んでいる気がしたから。