box of chocolates
唇が重なり合ったのは、ほんの数秒だったのかもしれない。でも、私にとってはとてつもなく長い時間のように思えた。やっと解放された時、この現実が信じられなかった。ファーストキスって、こんなものなんだ。付き合ってもいない男性とのファーストキスに、なんだか罪悪感すら覚えた。
「ごめん、急にキスして。綺麗になっていく杏ちゃんを、手に入れたいと思ってしまった」
 本当に言っている意味が理解できなかった。八潮さんほどのイケメンは、そうそう見つからないかもしれないけれど、私くらいの女なら星の数ほどいるのだから。

「……信じられない」
「もう一度キスすれば信じてもらえるかな?」
 八潮さんは私の返事を待たずに、唇を重ねてきた。そのキスは濃厚になり、私の下唇を軽く噛んで舌を絡ませてきた。
「いやっ!」
 どうすればいいのかわからない私は、ついに八潮さんを引き離した。今、初めてキスをしたのに、急にディープキスをされても……。
「強引すぎたかな? 嫌われちゃうね」
 そう言われて、私は黙って首を振った。
「オレは、杏ちゃんが好きなんだ」
「えっ……」
「杏ちゃんはオレのこと、どう思う?」
 八潮さんが私を好きだなんて、信じられるはずもないし、まさかそんなことを聞かれるだなんて思ってもみなかったから、言葉に詰まった。真顔で、鋭い視線を向けられると、素直に気持ちを伝えるしかないと思った。
「私も、好きです」

 クリスマスの夜。
十九歳の私に、奇跡が舞い降りた。

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