box of chocolates
 母が、食事の用意をしながら「おかえり」を言うと、それとほぼ同時に父から呼ばれた。ソファーに座り、手招きをする隣には、今日、会ったばかりの男性の姿があった。一瞬、驚いて戸惑った。

「パティシエの八潮浩輝くん。八潮くん、娘の杏だよ」
「こんばんは。八潮です」
「はっ、はじめまして! 川越杏です!」

父に紹介された私は、会うのは初めてではないのに、慌ててそう言った。そんな私に、八潮さんは立ち上がり、微笑んだ。その微笑みに、私はただただ口をポカンと開けることしかできなかった。

「今日、入学式のあとに会ったね」
 
そう言われただけなのに、なぜか「はい、すみません」と謝っていた。父に座るように促され、ソファーに座った。

 ダンデライオンは八潮さんの親の店で、八潮さんはそこでパティシエとして働いている。
「中学時代はこの辺りに住んでいて、秀くんはサッカー部のひとつ下の後輩だったんだよ」
 秀くん…とは、私より九歳上の兄。そこで初めて八潮さんが二十八歳だと知った。


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