box of chocolates
 車で向かった先は、大井競馬場。兄は、十八歳でデビューして今年で十二年目。今や『大井の大スター』と呼ばれるくらいに成長していた。今日は、トゥインクルレース(ナイター)開催日。メーンレースは二十時十五分の発走を予定していた。
「競馬を生で観るのは、初めてですか?」
「はい。兄が騎手になることを父は反対していたから、余計に」
「反対? どうしてです?」
「危ないからじゃないですか」
 適当なことを言ったけれど、本当はそうではない。父はギャンブルが嫌いなのだ。騎手として活躍している今でも、本心は認めていない気がしてならない。

 メーンレースは兄が勝った。終わってから、他の観客に混じってウィナーズサークルへと向かった。
「川越さーん!」
『お兄ちゃん』と呼ぶのが恥ずかしくて、ファンのふりをして声をかけた。
「あれ? 杏、来ていたんだ? 戸田くんも」
 私たちに気付いて来てくれたのはいいけれど、女性ファンからの刺すような視線が痛い。兄は、私と戸田さんを交互に見て、ニヤリと笑った。
「わざわざ大井まで競馬なんか観に来ないと言っていた杏が、戸田くんと……ねぇ」
「な、何? せっかくお兄ちゃんの応援に来たのに」
 わざわざ大井まで来たのは、気が向いたからであって、戸田さんは関係ない。そう自分に言い聞かせるも、勝手に頬が火照るから困った。
「まぁ、八潮さんよりは、戸田くんのほうがいいかも!」
「お兄ちゃん! そんなんじゃないって!」
「戸田くん、またね! 杏をよろしく」

< 54 / 184 >

この作品をシェア

pagetop