box of chocolates
「貴重な時間が」
 八潮さんの背中を見送ってから、呟いた。
「まぁ、おごってもらえて良かったと思うことにしよう」
 貴大くんは苦笑い。
「うちの店を貸し切りにして、ゆっくり話そう」
 私は、返事も聞かずに貴大くんの手を握って駅に向かって歩き出した。
「杏ちゃん、いいの? 勝手に店を貸切にして」
「大丈夫だよ」

 電車で地元まで戻ってきた。店に入って、テーブル席に貴大くんを座らせると、店内奥の経理室に向かった。母が店のホームページを更新しているところだった。
「おかえり。早かったのね」
「彼を連れてきたから」
 私は、貴大くんと付き合い始めたことを母にだけ話していた。
「それなら、お茶出してあげる。どんな人だか楽しみだわ」

 お茶も用意せずに戻ってきた私を、貴大くんは不思議そうにみつめた。ふたりで話をしていると、母が紅茶とクッキーを運んできた。
「いらっしゃい」
「こ、こんにちは」
 彼からすれば、思いもよらない展開だろう。母に声をかけられた貴大くんは、真っ赤な顔をして挨拶をした。
「戸田貴大さん、私よりふたつ年上で」
 母に紹介していると、なんだか恥ずかしくなってきて、私まで顔が赤くなった。
「はじめまして! 勝手におじゃましてすみません」
「いえいえ。杏から聞いていたので、どうぞごゆっくり」

「はめられた」
 母の背中を見送ると、貴大くんが小さな声で呟いた。
「はめられたなんて、人聞き悪い」
 お互いに赤らんだ頬のまま、ニッコリ笑った。

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