疑惑のグロス
今日は、彼も会議に出席している可能性が高く、だとすればあの場所での逢瀬も恐らくないだろう。
でも、妙に疑い深い私は、低い方の確率をどうしても無視できずにいた。
「ごめん、ちょっとお手洗い。
それと、帰りに広報に寄ってくるね」
そっと耳打ちをした私に、田上さんはデスクの引き出しに手を掛けながら上目使いで笑った。
「うん。ごゆっくり。
……今日は、薬いらない?」
「――たぶんね」
田上さんは私の言葉に目を細めると、ひらひらと小さく手を振った。
階段を下りるたび、カツンカツンとヒールの音がこだましていた。
――そんなに大きな音を立てたら、二階の給湯室まで聞こえちゃう。
できるだけ静かにゆっくりと歩いているけど、歩き方が悪くてヒールの金具が見えているせいでこんな音がするんだ。
その無機質な音が、なんだかとても悲しげなメロディーを奏でているように聞こえる。