疑惑のグロス
「ねえ、ゆたはもう帰ってる?」
細いじめじめした隙間にいつも止まっている、ゆたの通勤用の自転車が見あたらない。
「ううん、まだ。今日は遅くなるのかねえ」
花柄プリントのエプロンで手を拭くと、ポケットの携帯を取り出し、着信履歴を確認した。
「電話もメールも来てないし、そんなに遅くはならないと思うんだけど。
苑美ちゃんがそんなこと言うの、珍しいわね。由鷹に何か用事?」
おばちゃんに言われて、何故か顔が赤くなる。
そういえば、おばちゃんとは会話しても、ゆたのことなんて話題に挙げるのなんて数えるほどだ。
しかも所在確認なんかしたの、初めてだったことに今更気付いたけど、もう遅かった。
「うーん。用事、かな。
ご飯済んだらうちに来るか、電話しろって言って欲しいな」
ゆたの家の斜め前が私の家だ。
当然、来た方が早い気がするけど、あえて顔を見ない選択も与えてやることにした。