き み と
一瞬哀しそうな顔をした先輩は

もう一度、絵の方に向き直った。





「…私…には、家族が…いなくて……。」




いつもと同じ、


小さくゆっくりしているのに、


何故か芯のあるような、そんな声。






「私が…あんまり喋らない、から…

お母さんは…私のことが…

……嫌い…で………。」



静まりかえった館内に、響く。


「お父さんも…あんまり…帰ってこなくて…

…他の女の人と…

一緒に住んでて………。」



俺は黙って、
先輩の言葉を一つ一つ、聞く。



「お母さんも…別の人と…。


…それで…私は…

小学…4年生………くらいから…

…ずっと…家…に…一人で……」





先輩の声が、だんだん細くなっても、俺は一歩も動かない。




「お金とかは…お爺ちゃんが

…全部面倒…見てくれたり、して…。

お爺ちゃんが亡くなってからは

……透さんが………。」






先輩の手が


ゆっくりと 絵 に触れる。




あの時と同じ



細くて長い指。







「私、話すのが…苦手で…

…相手も…いなくて……

……だから……私は…」







そう言って 一回

大きく呼吸をする。








「私は…絵を、描いたの……。」






どくん





ふと、振り返ると


先輩がまた大きな目で


俺を見つめた。





「でも……それでも…一人…で………。」






目から溢れ出す物をぬぐうために


顔を伏せる。







「……さ…み……し……。」







最後の声は、
耳を立てていないと聞こえない。





俺はゆっくりと


一歩



また一歩



先輩に近づく。
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