甘いのくださいっ!*香澄編追加しました*
「どうぞ、仕込み中で大したの
作れなくてごめんね。」


そう言いながらも
薬膳粥的なのをさっと用意してくれる辺り
やはり、ユズは凄いと思う。


俺が疲れていても仕事を休めないのを
理解していてちゃんと
体に優しいものを考えて出してくれる。


「お前、ほんと、そこらの女より
気が利くよな。」


「あら、失礼ね。
そこらの女って言うけど
私だって今じゃ
そこらの女と同じなんだからね。
言葉に気を付けてよね。」


「へいへい。悪ぅございました。」


「ほんっと、わかってんのかしら?
そんなだとね、胡桃ちゃんの心は
掴めないわよ。」


そう言ってエプロンを外しながら
俺の前に座るユズ。


「そういうお前はどうなんだよ。
自分の気持ち、わかってんのかよ?」


「なによ、自分の気持ちって。
とっくに気づいているじゃない。
だからこうして女として生きていくーーー」


「違うだろ?」


「な、なによ。」


「お前の本当の母親に
ちゃんと言わなくて良いのかよ。
お前を命懸けで生んでくれた
お袋さんに会って新しい人生歩んでますって
言わなくていいのかよ!」


開店前の店に俺の声だけが響く。


「サトル……。」


「悪いな。声荒げて。
つい、ムキになっちまった。」


落ち着けようと少し冷めたお茶を
一口飲む。


「温かいの淹れなおすね。」


そういうとユズは俺の湯飲みを持って
調理場へと行く。


そしてーーー


「そりゃ、ちゃんと会いたいよ。
ちゃんとね。
だけどーーー
お母さんの記憶に残っているのは
私じゃないもの。
お母さんにとって、私はもう我が子でも
なんでもないのよ。
お母さんの息子である譲は死んだも同然。
お母さんだってこんな姿になった
我が子を見ても困るだけだよ……。」



「そんなこと、会ってみねぇと
分かんない話だろが。」


「何となく想像はつくもん。
サトルからお母さんの話を聞くと
曲がった事が嫌いな真っ直ぐな心の
持ち主なんだろうなって思うもん。
それにねーーー」


「それに?」


「渡瀬の父にも感謝しているのよ。
追い出されたようなものとは言え
お金だって十分すぎるくらいの事を
してもらってるもん。
でないと、私だけの力では
こんな良い場所に店なんて構えること
できないだろうし、それに
女として生きていく人生だって
手に入れること、とてもじゃないけど
できなかったもん。
だからーーーいいのよ、サトル。
ねっ?私たち親子の事は気にしないでよ。」


「ったく……。
お前もほんと、頑固だよな。
お前がどう言おうと
兎に角、俺はお前とトキさんを
どうにかするまで
自分の色恋はできねぇから。
ご馳走さん、また顔出すわ。」


俺はやっとぬるくなった粥をかきこむと、
そう言って席を立った。


「ちょっと、サトルっ!
私の事でなんであんたの色恋が
ストップしなきゃなのよ!
待ちなさいよっ!」


俺はユズが淹れ直してくれたお茶を
飲むことなく店を後にした。







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