芸術的なカレシ
「普通でも、僕はよかったんだ。
僕はただ……いつも、彼女に心地よい居場所を提供してあげたかったんだけど。
結婚したいと言った途端に、彼女の態度が変わってしまった。
僕じゃ、物足りなかったんだろうね」
そう呟いた嶋田くんの言葉に、私の胸も疼く。
私も、拓にとって心地よい存在でありたかった。
ただ、それだけで。
それだけである自分に自信も持てなかった。
結婚という名の確信が欲しかった。
私だけが拓の居場所であるということの。
「それは……辛かったですね」
嶋田くんの気持ちが分かりすぎて、痛いくらいだ。
「瑞季ちゃん。
この赤いソファーを捨てて、少しでも気持ちの整理がついたら……」
嶋田くんはハンドルに手を置いたまま、声のトーンを抑えて口ごもる。
私は次の言葉を待ちながら、嶋田くんの綺麗な横顔を眺めていた。
「僕とのことも、前向きに考えてくれたら、って、思ってるんだけど」
そう言った嶋田くんと、一瞬だけ目が合う。
心臓が、きゅんと軋むのが自分でも分かった。
ああ、いつぶりだろう、この、感覚は。
「最初はお互い、傷の舐め合いみたいになるかもしれない。
お互いの想いを引きずって、どちらが苦しい思いをするかもしれない。
けれど、例えそうでも、一人で居るよりはずっといいって……
ちょっと狡いかもしれないけど、僕はそう思うよ」