芸術的なカレシ
拓にしか、できない仕事。
……うーん。
言ったと言われれば言ったような気もするし。
言わなかったと言われたら、それもそれで、そんな気も。
「絵でも描いたら? あんた、うまいんだし、って。
瑞季さん、たっさんに絵描きになることを勧めたって」
「え?」
絵描きになることを勧めた?
私が?
ビールグラスを持ったまま、目が点になる。
「女の人って、ナンバーワンになるの、好きじゃないですか。
でも、男って、オンリーワンを望んでるんです、いっつも。
瑞季さん、そいうの、ちゃんとわかってて、すごいなって」
いやいやいやいや。
待て待て、カツオ。
私が拓に、絵でも描いたらって言ったのは、山とか川とかでスケッチなんかして、新鮮な空気吸ったら気分もよくなるだろうとか。
社会科の教師だった拓が、聖徳太子とか徳川家康の似顔絵が上手で、なんなら人物画の一枚でもじっくり描いてみれば、案外ストレス発散になるんじゃないかとか。
その程度の提案だったわけで。
……ていうか、カツオくんからその話を聞く今の今まで忘れてたよ、そんなこと。
「たっさん、あんなんだから、瑞季さんには憎まれ口ばっかだけど、本当は感謝してるんすよ、芸術の道に導いてくれたこと。
だから、今度のイベントは絶対来てください。
たっさん、そのために頑張ってるんすから。
僕も、頑張りますけど」
「……」