芸術的なカレシ
それから2月11日のイベントの日まで、私は空っぽの日常を送っていた。
私のスマホは突然静かになり、土日の予定もなければ、就寝前に電話をする相手もいない。
寂しくないと言ったら、やっぱり嘘になる。
工場では私とこうくんが付き合っていることになっていたから、ユリエさんにだけは別れたことを伝えた。
ユリエさんは残念そうに眉をひそめたけれど、あれこれ聞いてくることはなかった。
その辺りは大人の付き合いができる人で安心した。
仕事は相変わらず退屈。
代わりならいくらでもいるような雑用ばかり。
でも、だからと言って不満はない。
社会の歯車として自分がここに存在できているということに、むしろ感謝している。
夜になると一人で缶ビールを飲みながら、拓にもらったチケットを眺めたりしていた。
お前にだけ見てほしい、と言った拓の顔を思い出してはソワソワして。
拓と付き合いたてだった、大学生の頃を思い出した。
取り戻せるかな、あの頃の素直な気持ち。
拓を好きだという気持ち。
誰にも渡したくないという気持ち。
私だけを見てほしいと願う気持ち。
そうして、うまく伝えられるだろうか。
10年積み上げてきた意地を脱ぎ捨てて。
正直な自分の気持ちを。
そんなことを自問自答しながら、一人、ビールを啜る。