芸術的なカレシ
「……嫌なわけない」
そう言った私の声はあろうことか震えていた。
今にも泣きそうで。
笑えない。
嬉しくて泣けるなんて。
いったいいつぶりだろう。
「バカじゃね?」
けけけ、と笑う。
やっぱり憎たらしい。
憎たらしいけど。
「うるさい……」
めちゃくちゃ好きなんだ。
10年経った今だって。
私を見る拓の目は、こうくんのように優しくはないけれど。
拓の言葉は憎たらしい言葉遊びばかりだけど。
けけけ、って、ムカつく顔で笑うけれど。
私の気持ちはこんなにも拓を求めていて。
消しても消しても、私の心に存在する厄介な恋心で。
それはいくら塗りつぶして塗りつぶしても、赤と黒から浮かび上がる、拓のジャクソンポロックのように。
「おー、カツオ。
後、お願いしていいか?」
拓は強引に私の手を握って立ち上がると、カツオくんにそう声を掛けた。
「もちろんっす!
軽トラも、ちゃんと社長んとこ、返しときます!」
「わりーな」
カツオくんも笑顔だ。
私の顔を見ると、満面の笑みで親指を立てて合図してくれた。
なんだ。
もしかしてカツオくんは全部知ってたのかな。
私のつまらないヤキモチで別れてしまったのだということも。
結局、私達がこうなるだろうということも。
あの笑顔は侮れない。
拓が言うように、一番余裕があるのは多分、あの男だ。