芸術的なカレシ
拓に手を引かれてクラブガーデンを出る。
ドアを開けると冷たい風が頬を刺して、一瞬、息を止めた。
コートを羽織る間もない。
拓は汚いつなぎ姿だ。
どんどん前を進んで行く、大きな背中は絵の具で汚れている。
ああ、早く、あの背中に腕を回したい。
そうしてめちゃくちゃになるまで抱き合って。
溶けちゃうくらいになって。
ぐちゃぐちゃのでろでろになって。
好きだよ、なんて絶対に言わない。
会いたかったよ、なんて死んでも言わない。
でも言わなくても分かるんだ。
だってこうして意地を張り合って、10年も一緒に居たんだから。
「ちょっ……待ってよ。寒い……」
私の声は冷たい風に掻き消される。
拓はスピードを緩めない。
コートを着ていない体は冷える。
顔もカチカチ。
けれど、繋がれた手は温かい。
私と拓は、走った。
走って走って。
バカみたいに走って。
そのうちに、凍えるような風が吹き出した。
「お、雪だ」
そう言って、拓の足が止まる。
私も足を止めた。
二人で空を見上げると、真っ暗な空から白い粒がフワフワと落ちてくる。
町の明かりを反射して、それはキラキラと輝いていた。
「……寒いはずだわ」
「初雪だな」
ヒラヒラと舞う粉雪。
なんだか祝福されているみたい。
粉雪のライスシャワー?
私達は手を繋いだまま、しばらくその無数の白を眺めていた。