芸術的なカレシ
けれど、これが、まあ、話してみると面白い。
人懐っこく、堂々としているのに嫌みがない。
その上、謙虚で、慎ましい。
そこにいるだけで存在感があり、静かに、けれども確実に他人を巻き込む力がある。
どこか、拓と似ているところがあるのだ。
「芸術家に資格はいらない。なんでもありの、やったもん勝ち」
これがカツオくんの芸術論で、その単純さが拓の心を熱くした(らしい)。
人間関係に疲れていた拓の心を、カツオくんは、まんまと取り込んだのだ。
私は、といえば。
大学を卒業してから、何の取り柄もないので母親のコネで小さな町工場の事務職に就いた。
来る日も来る日も、金属と土の匂いのする事務所で在庫チェックと伝票整理。
冴えないおじさん達に囲まれて、色気もそっけもなく、給料だって安い。
けれどもちろん、不満なんてない。
就職難で氷河期と言われていた時代。
文句を言ったらバチが当たる。
社長はハゲてるけど優しくていい人だし。
奥さんはおせっかいだけど元気で明るくて。
鈴木さん(おじさん)も山本さん(おじさん)も、時々イライラするけど大した害はない。
工場までは自転車で通えるし。
朝もゆっくり、帰りは定時で上がれる。
堅実に、賢く、つつしまやかに。
これが私の、モットーなのだ。