芸術的なカレシ
そう思ったら、もう、足は駆け出していた。
拓の後をこっそりと付ける。
駅へ入り、拓のアトリエがある駅までの切符を買う。
滑り込んできた電車に乗って、隣の車両から拓の横顔を見ていた。
うちのマンションがある最寄り駅の、すぐ隣。
私も何度か降りたことのある駅。
コンビニエンスストアの横の路地を入って公園を抜ける。
しばらく住宅街を歩いて、右手に拓のボロアパートが見えてきた。
小豆色の塗炭屋根。
所々ヒビのある、白い壁。
ここに来るのは久しぶりだ。
拓がアトリエと呼ぶようになってから、居心地が悪くてほとんど訪れていない。
昔はよく通ったような気がする。
駅前の小さなレンタルショップでDVDを借りて見たり、コンビニエンスストアでお菓子を買い込んだり。
手を繋いで公園まで歩いたり、昼間っからセックスすることもあった。
今はもうやめたけれど、教師を辞めたばかりの頃の拓はヘビースモーカーで、よくタバコを買いに行かされたし。
賭けに負けて、ビールを買いに走ったのもしばしば。
あの頃玄関に置いてあった靴箱はどうしたかな?
二人でごみ置き場から拾って来たんだった。
その上に飾ってあった象の置物はどうしただろう。
確か、社長と奥さんがタイに行った時のお土産で、拓がひどく気に入ってたんだっけ。
拓とアパートの思い出が、次々に溢れて来る。