芸術的なカレシ
……いやだ。
ああ、いやだなあ。
もう、拓から顔を背けたい。
紅のことも、考えたくない。
けれど明日香の言う通り、このままでいる訳にはいかないのだ。
私のモヤモヤは晴れないままだし。
拓と紅の逢い引きも、これからだって続いていくのかもしれない。
何か行動を起こさなければ。
プライドを盾にして、逃げ回ってる場合ではない。
私は意を決して、パジャマを脱ぎ捨てる。
スキニーデニムにむくんだ足を押し込め、ゆったりしたベージュのニットに袖を通す。
これと言っていつもと変わらないけれど、気持ちは戦闘モード、だ。
足取りは重いけれど気にしないことにしよう。
リビングのドアをあけると、芳ばしいコーヒーの香りがした。
拓好みのコーヒー。
「あ、起きた?
あなた、最近全然夜ご飯食べないんだもの。
お母さん、心配してたんだから」
キッチンのカウンターから顔を出す母親。
今日の朝食は和食だ。
焼き魚の匂いがする。
「食欲、なくてさ」
本当はコンビニでこっそり買い込んでたけど。
「……あ、そう」
けれど、母親はそんなこと、お見通しだろう。
ゴミ箱を見ればわかるし。
私と拓の間に何かあったことくらい、多分察している。