芸術的なカレシ






「行きたくないなんて、オレ一言も言ってねえし。
ったく、感じわりいなあ。
ストレス溜まってんじゃねえの?
かわいくねえ」


新聞を畳んで、イライラし始める拓。
売り言葉に買い言葉。
拓が気が短いってことくらい、私だってよくわかってる。


「かわいくなくて、悪かったわね。
ならどうぞ、さっさと捨てちゃったらいいんじゃないの?」


「は?
……意味わかんねえ」


「私と別れて、あの、紅とかいう子とでも、付き合ってみたら?」


「は?」



ああ、ほら。
拓の驚いた顔。
やっぱり疚しいことがあるんだ。
あるに違いないんだ。



「いいんじゃない? 彼女もその気みたいだったし。
私なんかよりずっと、あんたの芸術を理解してくれるわよ、きっと」


お鍋の中のお味噌汁から湯気が上がるのを見ながら、私の口は止まらない。

そう。
私には到底、拓の芸術なんか理解不能だし。
慣れてきたとはいえ、思い付きでソファーに色を塗られたりされても迷惑なんだ。
だけど、同じアートの道を目指している紅なら、拓のことをもっともっと理解してあげられるし。
その方がきっと、拓のためにもなる。



「私もそろそろ年だから、ちゃんと将来のことを一緒に考えられるような人の方がいい」


コトトコトコト……

お味噌汁が沸騰を始める。
火を止めなきゃ。
塩辛いだけになってしまう。
今の、私達みたいに。






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