芸術的なカレシ
「え!?」
「あ、起きた?」
私の霞む視界に飛び込んできたのは、小さなニホンゴの群れ。
鼻先をくすぐる、インクの匂い。
ガサガサするこれは……
「……新聞紙?」
「おはよー」
私の腕の中には、拓の腕の代わりに、分厚い新聞紙の束。
「なんで!?」
「いや、汚れるといけないからさー」
のほほん、とした拓の声に顔を上げる。
ソファーの前に座り込んでいる拓は、最近お気に入りのカーキ色のつなぎを着ていて。
右手には、大きな刷毛(はけ)。
視線を泳がせると、部屋中には新聞紙が敷き詰められている。
うん?
えっと?
今日は、確か、日曜日で。
今、何時……
目を凝らして時計を見ると、9時を回ったところだった。
「……いやいやいやいや、ちょっと待って」
休日の朝、起きがけに私の部屋に拓が居ることは珍しくないけれど。
どうせ母が、瑞季まだ寝てるから起こしてやってー、とか言って家に上げたんだろうけど。
つなぎ姿の拓が、真っ赤な絵の具を刷毛にたっぷり含ませて……
「いいだろ? 情熱の赤」
私の宝物の一つであるクリーム色のソファーが……
「あああああ……」
情熱の赤とやらに染められていくんですけど。