芸術的なカレシ
「実感、ないんだよなあ……」
そう。
また、明日になれば、拓がひょっこり現れて来るような気がする。
お前、昨日は感じ悪かったなーとか言って、ふざけて。
あーんただって、って、私も言うの。
また、お互いをお互いのせいにする。
罵り合う。
それが、いつもの私達。
けれど、私の記憶の中には、確かに存在している。
あの、穴の空いたような、無風の、空気が。
「いいじゃないの、この際。
10年の腐れ縁を絶ち切ってさ。
新しい恋でもしてみたら?」
明日香はそう言ってメインディッシュのサーモンを頬張るけれど、私には新しい恋なんてよく分からない。
恋ってどうやって始めるの?
そもそも、始めるものなの?
どこにそんな出会いがあるの?
というか。
拓以外の男の人って、どんななの?
「よくわかんないよ……
そういうの」
私は力なく、ポークソテーを口にいれる。
……あ、脂っこくないのに、柔らかくて美味しい。
ソースもさっぱりしてて美味。
これは拓が好きだろうなあ、などと、性懲りもなく拓のことを考えてみたりして。
拓のこと考えついでに、明日香の目を盗んでスマホのチェックをしてみる。
ずっとポケットを意識していたから、気が付かなかったということはないだろうけど、一応。
けれども私のスマホは、いつものごとく、やはり迷惑メールすら受信していない。
とことん、寂しい女だ。