芸術的なカレシ
ツーーン、と、頭に衝撃が走る。
所謂、これが、「ショック」というやつか。
ザワザワザワザワ、と、緊張に似た、胸のざわめき。
「じゃあ、また、明日」
紅の明るい声が、夜に響く。
拓の返事はない。
キイ、コ……
シャ、ジャリ……
紅がペダルを踏む音。
コンクリートの砂利をタイヤが踏んで、痛々しい音がする。
他にはもの凄く静かで。
その静けさが、一層私を硬直させていく。
拓は……
拓は今、どんな顔してるのだろう。
あんな可愛い、若い女の子にキスなんかされちゃって。
いったい、どんな顔して立っているのだろう。
嬉しい?
嬉しくないわけないか。
驚いてる?
それとも初めてじゃないのかな。
怖い。
怖くて、見れない。
どのくらいそうしていたのか、正確には分からないけれど。
拓も私も、そこからしばらく動けなくて。
殺すように、静かに静かに息をしていた。
ハアッ……
拓の吐息なのか溜め息なのか、大きく息を吐く音がして、それからトントントン、と、ゆっくり階段を上る音が続く。
ガッチャン
と、拓の部屋のドアが閉まっても、私はなかなかそこから動けなくて。
ああ、腰が抜けちゃったのかも。
参ったなあ、どうしよう、タクシー捕まえようかなあ。
ぼんやりと考えて、よろよろしながらゆっくり立ち上がると。
その時、ポタリ、と何かが足下に落ちた。
私の体温を帯びたそれは、次々に溢れてきて。
あれれ、あれれ? おかしいなあ、と呟きながら……
私は知らぬ間に泣いていたのだと、知る。