芸術的なカレシ





うわあ、うわあ、と、大声を上げて泣きたかった。
子供みたいに。
なりふり構わず。
けれどやっぱり、そんなことはできない。

私はただ、ポタポタと涙を溢しながら歩いた。
時々、ポケットのディッシュで鼻をかんで。
手のひらで瞼を擦った。
寒くて、鼻の頭がジンジンしてきて。
何度も、もういやだ、と呟いた。

もういやだ。
もういやだ。
何がって、全部。

紅とか拓とか。
赤い自転車とか白いコートとか。
カーキのつなぎとか大きな背中とか。
手招きとかキスとか。

そして何より。
意地を張って馬鹿みたいな自分が一番いやだ。



ハアハアハア……

息づかいが荒くなる。
もうどれくらい歩いたかな。
ああ、もう半分まで来たか。
だいたい、この工場の辺りが中間地点なんだ。
ここで待ち合わせしたこともある。

自転車で何度も通った道のり。
拓が毎日通って来た道なり。

もう歩くことはないのか。
もう、ここを、拓と並んで自転車を漕ぐことも。

ああ、一人で歩く夜道は果てしない。
お喋りをして、気をまぎらわせる相手もいない。

大好きな人を失った。
大切な人も。
一番の理解者も。
暇潰しの相手も。
愚痴を言う男友達も。

家族のように温かい、優しい人も。








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